AIを正確な情報整理ツールとして利用するための条件

制度分析におけるAIの位置づけ

制度設計、社会保障、各種料金、都市治安、契約など、複雑な制度構造を扱う領域では、情報の整理・比較・可視化が不可欠だ。近年、Copilot、ChatGPT、GeminiなどAIが制度分析に活用される場面が増えているが、その「得意領域」と「誤認リスク」を峻別しないまま導入されるケースも多い。

AIが制度分析においてどこまで有効なのか、どこに限界があるのかを、構造的かつ批判的に検討する。

AIの苦手領域1:数値の誤認リスク

AIはインターネット上の情報を収集する際、以下のような数値の誤認を起こしやすい。

数値の種類誤認の原因誤解例
名目値 vs 実質値インフレ調整の有無「GDP成長率が高い」→名目値のみ参照
平均値 vs 中央値分布の偏りを無視「平均年収500万円」→中央値は400万円台
累積値 vs 年次値時系列の混同「医療費10兆円」→年度か累積か不明
制度上限値 vs 実支給額理論値と実態の乖離「年金月6.5万円」→満額支給者の例
複数企業・複数サイト間の数値比較表記形式・更新頻度・条件の違い「航空運賃はA社が最安」→燃油サーチャージや手数料を含まず誤認

補足:複数サイト・企業間の比較に潜む罠

  • 料金体系の非統一性
    例:航空運賃は「基本運賃」「割引運賃」「手数料込み」など表記が異なる。AIは表面上の数字だけを比較し、条件の違いを見落とす。
  • 更新頻度の差
    例:A社の料金はリアルタイム更新、B社は月次更新。AIは両者を同列に扱い、古い情報を「最新」と誤認する。
  • 条件付き数値の誤認
    例:保険料の比較で「月額2,000円」とされていても、年齢・地域・扶養状況などの条件が異なる場合、単純比較は無意味。

AIの苦手領域2:制度文脈の誤解リスク

制度は単体で存在するのではなく、歴史・地域・他制度との連関の中で機能している。AIが誤認しやすい制度文脈には以下がある。

制度的文脈誤解の構造
改正履歴の無視現行制度のみ参照「介護保険料は公平」→導入時の世代間負担を無視
地域差の無視全国一律と誤認「生活保護基準は共通」→地域係数で変動
制度間連関の見落とし単体制度として扱う「年金制度は持続可能」→医療・税制との連動を無視
用語の誤解法令用語と日常語の乖離「扶養控除があるから安心」→控除額は限定的

AIの得意領域:構造整理と可視化

一方で、AIは以下のような場面では極めて有効である。

  • 添付ファイルや明示されたテキストの読解
    法令、契約書、統計表などの一次資料を正確に読み取り、構造化できる。
  • 構造図・比較表・フローチャートの生成
    制度の構造やリスクの流れを可視化することで、複雑性を整理できる。
  • 制度間の連関整理
    年金×医療×税制など、制度横断的な構造を図式化する能力に長ける。

AIが制度分析に強くなる条件

AIを制度分析に活用するには、以下の条件を満たす必要がある。

  1. 一次資料(法令、制度設計書、統計表)を直接読み込ませること
    Web検索ではなく、信頼性の高い原典をベースにする。とくにPDF、Word、Excel、テキストファイル、画像などの構造化された一次資料を直接読み込ませることで、AIは文脈・数値・定義を正確に把握できる。
  2. 制度の改正履歴や附則・施行令まで含めた文脈理解
    現行制度だけでなく、制度の変遷と立法趣旨を踏まえる。AIは条文の「本文」だけでなく、「附則」「経過措置」「施行日」などを読み込むことで、制度の時間軸を理解できる。
  3. 構造図・フローチャート・比較表などによる可視化
    複雑な制度構造を視覚的に整理することで、理解と批評が容易になる。AIはMarkdownや表形式での整理に長けており、制度の構造的比較に有効。
  4. 制度間の連関(年金×医療×税制など)を構造的に整理すること
    単体制度ではなく、相互作用を前提とした分析が必要。AIは複数制度の関係性を図式化することで、リスク構造や制度的盲点を浮かび上がらせる。

AIは「思考の補助ツール」である

AIは「補助的な情報整理ツール」として極めて有効である。しかし、実態のギャップを埋めるには、人間の批判的思考が不可欠だ。

特に、複数企業・複数サイトにまたがる数値比較や、制度の改正履歴・地域差・連関構造の理解には、表層的な数字の一致ではなく、構造的な条件の違いを見抜く力が求められる。AIはその補助はできても、判断の核心には届かない。

AIは制度の「構造を整える」ことはできても、「構造を問う」ことはできない。問いを立て、制度の盲点を掘り下げるのは、依然として人間の役割である。

タイトルとURLをコピーしました